テクノロジーという言葉を聞いた時に、スマートフォンやインターネットのようにぱっと思い浮かぶものもあれば、その存在を普段意識せずに利用しているものまで、私たちは当たり前のようにテクノロジーに囲まれた生活を送っています。
そんな日々進化を続ける現代のテクノロジーを、もし50年前の人が見たとしたら、まるでSFの世界のように思うのではないでしょうか。今回は「テクノロジーとSF」に着目して、「石器時代から現代へ」、「テクノロジーで変わりゆく世界」、「SFとSF(すこし・ふしぎ)」という3つのテーマを設け、想像力や好奇心を刺激し、私たちを未知の世界へと連れ出してくれるような本を集めました。ゆっくりとしたこの場所で、変わりゆく社会や文化のあり方や、ありえるかもしれない未来について考えてみてはいかがでしょうか。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2024年4月1日〜7月31日
便利とは、本当に幸福なのでしょうか? 気づかないうちに新しいテクノロジーが生活のなかに流れ込んできて、人間の営みまでもが、それらによって規定されているように感じます。たとえばメールなどの返信は即反応することが良しとされますよね。それに伴って私たちの回転数も上がり、1日が30時間になるわけでも、睡眠時間が3時間で済むわけでもないけれど、ヒューマンスケールを超えたスピード感が求められている。
そんなふとした気づきから、テクノロジーは人間そのものの在り方に影響するほどの大きな変化をもたらすのでは、と考えました。今回のテーマは「テクノロジーとSF」。固くて少し難しそうなテクノロジーに、“Science Fiction”としてのSFだけでなく、藤子・F・不二雄が提唱した“すこし・ふしぎ”という意味でのSFも組み合わせてみました。生活に潜むSFを感じることで、テクノロジーを考えるきっかけになればと思っています。
テクノロジーというと何か近未来的なものを思い浮かべがちですが、私たちの現在の生活も、先人たちが生み出したテクノロジーによって成り立っています。『発明絵本インベンション!』は、そんな人類史における画期的な発明を、ポップアップ形式の絵本で紹介しています。
火や日時計、鏡や飛行機など、さまざまな発明を、仕掛け絵本で遊ぶという行為を伴いながら学べる1冊。私たちからすれば「それも発見なの?」というところから、人類がどのように進化してきたかを知ることができます。
実際に自分でやってみることは、物事を知るうえでとても大切。ちょっと調べてわかった気になっていたけれど、自分で手を動かしてみたら実は難しかった、ということもありますよね。それをよく体現しているのがこの2冊です。
『週末の縄文人』は、週末だけ縄文人の生活を実践してみた都会のサラリーマン二人組の記録です。2020年のシルバーウィーク初日に、火起こしに挑戦する彼ら。イメージとしての火起こしはできるけれども、まずは石やまっすぐな木を手に入れる必要があり、着火に至るまでには苦労があり……。そうしてやっと火がついて、感動する。普段当たり前に享受しているテクノロジーも、現代人が一からやってみようとすると、とても大変なことなのです。
『ゼロからトースターを作ってみた結果』も、自分の手で実践してみることのおもしろさや喜びが伝わってくる1冊です。タイトルの通り、何もないところからトースターを作るべく、原料となる鉄と銅を掘り出して鉄板や銅線を作ったり、じゃがいもから植物性のプラスチックを作ったりする。完成品はトースター売り場に並べられるのですが、他のトースターは数千円程度なのに対し、このトースターは数十万円。原料の調達から、それを運び、加工する技術など、先人たちが確立した数々のテクノロジーによって、私たちは安価にトースターを手に入れることができているんだと気づかされます。どちらの本からも、原初的な衝動と、実際に行動してみることの大切さが窺えます。
火やトースター同様、身の回りにあるもの一つひとつに技術完成までの過程があり、「ねじ」と「ねじ回し」も例外ではありません。日本におけるねじとねじ回しの歴史は、種子島に鉄砲が伝来した時から始まったそうですが、『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』では、それ以前も含めたおよそ1000年に渡るねじとねじ回しの技術史を振り返っています。普段、私たちがねじに対して感動することはあまりないと思いますが、その背景には数多の研究や努力があるんですよね。多くの人が気にも留めないようなことを丁寧に調べ、まとめ、伝えようとする。そんな、この本のアティテュードも私はすごく好きで、まさに人類の叡智、という感じがします。
ここからは、現在から未来に向けてのテクノロジーに注目したいと思います。トム・サックスは、アメリカの現代アーティスト。エルメスの包装紙でマクドナルドのハンバーガーセットを作るなど、資本主義社会でモノに付与された価値を不思議に転換し、作品に落とし込んでいる人です。彼は幼少期から宇宙に憧れていたそうで、2022年に宇宙船をテーマにした「Spaceships」展を開催。この本は、その展覧会に合わせて出版された作品集です。
宇宙へのプロジェクトは、言わば人類の限界を超えようとする試みで、そこには私たちが知り得る限りの最先端かつ高度なテクノロジーが凝縮されるはずです。でも、トム・サックスは、そこらにあるハリボテみたいなものを“彼なりに精密に”くっつけたり改造したりして、「トム・サックス的宇宙プロジェクト」を展開します。シャネルの洋服で宇宙用掃除機を作り、マキタのインパクトドライバにつけた茶筅を使い、宇宙でお茶を点てるという壮大な夢もある。彼は、機能性や効率といったスペック度外視で、自らの妄想や子どもの頃に抱いていたワクワクを真剣に実現しようとするんです。60歳手前でそこまで本気になれるのはすごく素敵だし、そうして生み出された作品は 美しいとさえ思いますね。
未知なる場所に向けた妄想力という点で、『宇宙には、だれかいますか? 科学者18人にお尋ねします。』もおすすめです。タイトルの通り、科学者18人に対し「宇宙には、だれかいますか?」という質問をはじめ、定点観測的に同じ質問を投げかけた1冊です。生物学者から海洋研究学者、東京工業大学の地球生命研究所員、兵庫県立はりま天文台の天文科学研究員など、あらゆる学問のプロフェッショナルに、地球生命の起源や地球外生命体について尋ねているのですが、みなさん研究分野がバラバラなので、答えもそれぞれ違います。地球外生命体をテーマに、異なる角度から未知の世界に光が当てられていく。わからないことをどうわかろうとしているのか、現代の科学技術における多角的なアプローチを教えてくれる本です。
テクノロジーに関連するビジュアルブックをもう1冊紹介します。『Nature & Politics』は、現代ドイツ写真界の代表的な作家であるトーマス・シュトゥルートの展覧会図録。シュトゥルートは、エモーションを排除しながら、そこにある事実をタイポロジー的に画に収めるドイツ写真界の流れを継ぎ、産業的なプロセスが生み出したモノを冷然と切り取っています。
彼はもともと自然、もっと言うと有史以前の地球がもつ生命力を撮っていましたが、最近の作品では人類が現れたことで自然がどう変化していったのかに着目し、人間の行為によって生み出された物が人工なのか自然なのか、その狭間を撮影しています。たとえば、植物に溢れ花が咲くディズニーランドのセットは、人工なのか自然なのか。どちらとも言い難いですし、その境目も曖昧ですよね。これまでお話ししてきた発明の初期衝動を、写真家として突き放し、俯瞰で捉えようとしているのかもしれません。多くは語らずとも、写真が問いかけてくる素晴らしい1冊です。
「すこし・ふしぎ」をテーマにしたからには、藤子・F・不二雄の作品に触れないわけにはいきません。コンプリートワークスという形で生まれ変わった彼の短編集は、美しい装丁が見どころで、「一家に一冊」と言いたくなる作品です。表題作の『ミノタウロスの皿』はまさに藤子・F・不二雄らしいSF短編。主人公が宇宙で遭難し、不時着した星での出来事を描いた物語なんですが、その星での風習が、ほかの惑星から来た主人公にとっては「すこし・ふしぎ」。恋心を抱いた女性をどうにか救おうとあがくけれど……という話です。藤子・F・不二雄のブラックユーモアや、物事を通常とは少し違う角度から覗き込んで凝視するような姿勢がものすごくよく出ています。日常の出来事を軸にしたストーリーテリングにはゾワッとさせられるし、「なるほど」と唸らされたり、考えさせられたりもする。そんな素晴らしさがあります。
日常の出来事という点で言うと、コインパーキングの現金投入口や階段の先、そういうところに時空の裂け目みたいなものがあって、吸い込まれてしまうんじゃないかと想像する──そんなおもしろさを感じたことはありませんか? 『スローターハウス5』は、普通の結婚生活を送る男が、なぜか時間超越者となってしまう小説。「どうして自分はこんなところに?」という疑問を抱きながら、移り変わる時間軸ごとに何かしらの痕跡を残していく様がおもしろいです。
主人公は第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの大空襲被害に遭うのですが、これは作者のカート・ヴォネガット・ジュニア自身が経験した出来事。この本では、彼の実体験があえてコメディとして描かれています。誰でも気軽に読める未来小説である一方、人間の命や存在が時空を超えてどのように繋がっていくのかを、辛辣かつ鋭い視点で突きつけてくる。その落差が印象的です。ヴォネガットは「本当に悲惨なことって喜劇にしかならないんじゃないか」ということを別の本でも書いています。後世に読み継いでほしい1冊ですね。
最後に紹介するのは、部屋の掃除や宿題など、やりたくないことをやってもらうために自分のニセモノを作ろうとする子どもの絵本です。主人公の男の子が自分に似せた存在を作るべく、ロボットに自分のことを教えて学習させていくのですが、結局、自分は唯一無二であることに次第に気づいていきます。
作中に出てくるおばあちゃんのセリフ「にんげんは ひとりひとり かたちのちがう 木のようなものらしい」が印象的です。同じ種類の木でも、あっちに伸びる人もいれば、こっちに伸びる人もいる。木の大きさや形はどうでも良くて、自分の木を気に入っているかどうかが一番大事とのこと。どれだけテクノロジーが進化しても、自身の複製はできないのだと強く感じさせてくれます。
人間に抜本的な変化をもたらしたテクノロジーは、太古の昔から連綿と存在します。その背景には、未知への探究心や個人的な妄想、さらなる進化への欲望があったことでしょう。技術革新と人間らしさ、うまく折り合いをつけながら発展させていくためには、ぎゅっと近づいて見ることも、大きく引いて見ることも大事なのではないでしょうか。GRAND PATIOはクリエイティブな空間。読書に集中したり、場の雰囲気を味わったり、思い思いに楽しんでいただけたらと思います。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
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人類のテクノロジーの起源は石器時代にまでさかのぼります。火に始まり、石斧から長い年月を経て、飛行機やコンピューターにいたるまで。大小様々なテクノロジーが積み重なることで、現代の社会はかたち作られてきました。このコーナーには、発明やテクノロジーを身近に感じてもらえるような本や、当時の人々の未来やテクノロジーに対するイメージが伝わる本を集めました。人類のテクノロジーの歴史を振り返ることで、豊かさとは何か、考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
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人間を置き去りにするかの勢いで、急激に発展してゆくテクノロジー。AIの出現によって、社会のあり方も大きく変わるであろうと予測されています。テクノロジーの利便性を享受し、未知なる世界へ踏み出してゆくと同時に、テクノロジーとの関わり方を、冷静に見つめる視点も必要ではないでしょうか。ここでは、考え方のヒントとなる本や、テクノロジーとの関わりをテーマにしたビジュアルブックを用意しました。私たちはテクノロジーと共に、果たしてどこへ向かっているのでしょうか。そして、その先には何が待ち受けているのでしょうか。
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SFとは、科学的な空想にもとづいた物語「サイエンス・フィクション(Science Fiction)」の略語です。一方で、「ドラえもん」の作者の藤子・F・不二雄は、ありふれた日常の中に紛れ込む非日常的な事象を扱う「すこし・ふしぎ」というジャンルを生み出しました。ここに集めた本は、宇宙開発やタイムトラベル、コールドスリープなどが登場する近未来が舞台の作品から、軸足は日常にありつつも不思議な世界が広がる作品、UFOをテーマにしたアートブックなど様々です。この場所からすこしだけ日常を飛び出して、SFとSF(すこし・ふしぎ)の世界へ旅に出てみませんか。
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。
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